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精密な微小機械システムの材料の摩耗量予測式を提案―スーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」による成果―


【発表のポイント】

  • 精密な微小機械システムにおける材料の摩耗量を予測可能な理論式を提案した。
  • 通常サイズの機械システムに対する材料の摩耗量予測式が、微小な機械システムへは適用できない問題点を解決した。
  • 本研究は、1 秒間に3000 兆回の高速計算が可能な東北大学金属材料研究所のスーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」※1 の活用成果である。

【概要】

 ドローン、ロボット、自動車、医療機械などに利用される精密な微小機械システムでは、通常サイズの機械システムでは問題にならない極微少量の「摩耗」でもその精度と耐久性に大きなダメージを与えるため、極限までの摩耗量の低減が強く求められます。しかし、通常サイズの機械システムに対する従来の摩耗量の予測式を微小な機械システムには適用できないことが問題でした。
 東北大学金属材料研究所の久保百司教授、王楊助教(現:東北大学大学院工学研究科)、東北大学大学院工学研究科の足立幸志教授、および中国上海海洋大学の許競翔副教授のグループは、東北大学金属材料研究所のスーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」を活用し、微小機械システムの摩耗メカニズムを明らかにするとともに、その知見に基づき微小機械システムに対する摩耗量の予測式を世界で初めて提案しました。この新しい理論式は、微小機械システムの長寿命化に加え、故障・事故の防止を実現する信頼性向上に貢献しうる成果です。
 この成果は、令和2 年12 月7 日にAdvanced Science に掲載されました。また、令和2 年12 月8 日に日本経済新聞電子版に、12 月9 日に航空新聞社WING電子版に、12 月22 日に日刊工業新聞の紙面にて紹介されました。

【詳細な説明】

○研究背景
 ドローン、ロボット、自動車、医療機械などに利用されている精密な微小機械システムは、それらの需要の高まりに呼応して、近年、加速度的な発展を遂げてきています。しかし、ドローン、ロボット、自動車、医療機械などの中で微小機械システムが駆動する時に、微小機械システムの材料同士がこすれあって摩耗(物質がすり減ること)が発生し、機械の精度と耐久性に大きなダメージを与えることが重大な問題となっています。特に、微小機械システムはそのサイズが非常に小さいことから、エンジン、モーター、トランスミッションなどの通常サイズの機械システムでは問題にならないような極微少量の「摩耗」が、システム全体に大きなダメージを与えることが問題となっており、極限まで摩耗量を低減することが強く求められています。
 上記の問題を解決し、微小機械システムの長寿命化、耐久性の向上を実現するためには、実験研究を行う以前に、材料や使用条件によって、どれだけの摩耗が発生するかを定量的に予測できる理論式の構築が必要です。しかし、微小な機械システムにおいては、この摩耗現象は数十ナノメートル※2 の摩擦界面(物質同士がこすれあう場所)で起こることから、エンジン、モーター、トランスミッションなどの通常サイズの機械システムで起こる「肉眼で観察可能な摩耗」とは異なり、原子レベルの化学反応に支配された「肉眼では観察できないナノスケールの摩耗」が主要な要因となっています。そのため、通常サイズの機械システムに対する従来の摩耗量の予測式は、微小な機械システムには適用できない問題が古くから指摘されてきましたが、長い間、この問題は解決されていませんでした。
 そこで本研究では、1 秒間に3000 兆回の高速計算が可能な東北大学金属材料研究所のスーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」を活用することで、

  1. 実験的に直接観察することができない、微小機械システムの摩耗メカニズムとその要因となる化学反応を明らにすること
  1. 上記の知見に基づき、微小機械システムにおける材料の摩耗量の予測式を提案すること

を目的としました。

○成果の内容
 金属材料研究所で開発した大規模分子動力学シミュレータ「LASKYO」を活用することで、微小機械システムのコーティング材であるダイヤモンドライクカーボン※3 を例として、微小機械システムの摩耗の原因となる摩擦界面における化学反応を、スーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」上でシミュレーションしました。その結果、以下の成果が得られました。

  1. 微小機械システムの摩耗は、「2 つの表面が接触したことによる化学結合の形成」と「この化学結合によって引っ張られた原子の表面からの脱離」の2 段階の化学反応で起こることを明らかにしました。
  1. 「2 つの表面が接触したことによる化学結合の生成」と「この化学結合によって引っ張られた原子の表面からの脱離」に、反応速度論※4 を応用することで、微小機械システムに対する材料の摩耗量の予測式を提案しました。
  1. ダイヤモンドライクカーボン※3 の摩耗量をスーパーコンピュータでシミュレーションしたところ、2 で構築した摩耗量の予測式の有効性と汎用性が検証されました。

 上記成果は、微小機械システムの長寿命化と故障・事故の防止を実現する信頼性向上に貢献しうる成果です。

○将来の展望と意味
 微小機械システムの応用が可能な産業分野をさらに拡大するためには、故障や事故を引き起こす摩耗を極限まで低減することが強く求められています。その実現には、耐摩耗性材料の開発を高度化し、加速することが必須です。
 本成果では、実験的には直接観察することが不可能な数十ナノメートル※2 の世界で、どのような摩耗現象が起こっているかを明らかにするとともに、その知見を踏まえて、どのような材料を、どのような条件で使用すれば、どれぐらいの摩耗が発生するのかを定量的に予測することに、本研究で提案した摩耗量の予測式とスーパーコンピュータが非常に有益であることを明示しました。
 今後、ドローン、ロボット、自動車、医療機械などに利用されている微小機械システムを構成する多様な材料について、本研究で提案した摩耗の予測式とスーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」を活用することで、微小機械システムの長寿命化と故障や事故の防止を実現するためのより具体的な材料設計・材料開発を推し進め、微小機械システムの応用分野・市場の拡大、さらには耐摩耗性材料の開発研究の加速による安全・安心社会の実現につなげていきます。

○共同研究機関および助成
 本研究は、文部科学省ポスト「京」萌芽的課題「基礎科学の挑戦-複合・マルチスケール問題を通した極限の探求」、JST CREST、戦略的イノベーション創造プログラム「革新的燃焼技術」、科研費(Grant No. 17K14430, 19K05380, 18H03751)の研究助成を受けて行われました。

○発表論文
雑誌名:Advanced Science
英文タイトル: Non-empirical law for nanoscale atom-by-atom wear
全著者:Yang Wang, Jingxiang Xu, Yusuke Ootani, Nobuki Ozawa, Koshi Adachi, and Momoji Kubo

○専門用語解説(注釈や補足説明など)

※1 スーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」
スーパーコンピュータとは、演算処理装置であるCPU を大量に備えたコンピュータを意味し、これら大量のCPU が並列的に計算処理を行うことで、極めて高速な計算を可能とします。「MASAMUNE-IMR」は、2018 年8 月に東北大学金属材料研究所に導入されたスーパーコンピュータの愛称であり、正式名称である”MAterials science Supercomputing system for Advanced MUlti-scale simulations towards NExt-generation – Institute for Materials Research”の頭文字をとったものです。MASAMUNE-IMR は、合計で11,592 個のCPU コアと1,484,800 個のGPU コア(画像処理装置)を有することで、1 秒間に3000 兆回の高速計算が可能です。

※2 ナノメートル
ナノとは10 億分の1 を意味し、ナノメートルとは10 億分の1 メートルを意味しています。原子の大きさはナノスケールであり、例えば炭素原子1 個の直径は約0.15 ナノメートルです。人間の目で見える最少のスケールは約0.1 ミリメートル(1 ミリメートル=千分の1 メートル)、光学顕微鏡を使って見える限界は約0.2 マイクロメートル(1 マイクロメートル=100 万分の1 メートル)です。近年、最先端の電子顕微鏡を使用することで、静止状態であれば約0.2 ナノメートルの世界を直接観察することが可能となってきましたが、原子の動きをナノスケールで実験的に直接観察することは未だに非常に困難な課題です。

※3 ダイヤモンドライクカーボン
ダイヤモンドライクカーボンとは、ダイヤモンドに類似した特徴を持つ超低摩擦(物質同士がこすれあう時に極めて抵抗が小さい)材料です。炭素原子からなるダイヤモンドの持つ高強度と、同じく炭素原子から構成され鉛筆の芯などに使用される黒鉛の持つ超低摩擦特性を併せ持つ材料として、微小機械システムのコーティング材として活用されています。

※4 反応速度論
反応速度論とは、どのような速度で反応物が消費され、生成物が生成するのかという化学反応の速度に関する学問を意味します。化学反応の出発物質は、エネルギーの高い中間体(遷移状態)を経てから生成物に変化します。この出発物質と中間体のエネルギーの差を活性化エネルギーと呼び、化学反応の速度は下記の式で示すように、活性化エネルギーEa を絶対温度T で割った数にマイナスをつけた値の指数関数に比例します。

k : 反応速度、A: 頻度因子、Ea : 活性化エネルギー、kB : ボルツマン定数、T :絶対温度

 

本件に関するお問い合わせ先

◆研究内容に関して
東北大学金属材料研究所
久保 百司
TEL:022-215-2050
E-mail:momoji*imr.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東北大学金属材料研究所プレスリリース

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