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高耐久ダイヤモンドライクカーボンの設計指針を提案 ―スーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」による成果―


【発表のポイント】

  • 宇宙ステーションや航空機エンジンなどの機械システムへの応用が期待されるダイヤモンドライクカーボンの摩耗メカニズムを明らかにした。
  • 本成果は1 秒間に3000 兆回の高速計算が可能な東北大学金属材料研究所のスーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」※1 の活用によるもの。
  • 成分や周囲環境を制御することで「摩耗を減らす」ことが可能、これにより高耐久性ダイヤモンドライクカーボンの設計指針が示された。

【概要】

ダイヤモンドライクカーボンはダイヤモンドに似た超低摩擦(物質同士がこすれあう時に極めて抵抗が小さい)材料であり、宇宙ステーションや航空機エンジン等の機械システムへの応用が期待されています。しかし、ダイヤモンドライクカーボンの「摩耗(物質がすり減ること)」は、材料の寿命の低下のみならず、機械の故障、さらには予期せぬ事故を引き起こします。そのため安全・安心社会の実現に向けて、より摩耗しにくいダイヤモンドライクカーボンの開発が重要課題となっています。
今回、東北大学金属材料研究所の久保百司教授、王楊助教(現:東北大学大学院工学研究科)、東北大学大学院工学研究科の足立幸志教授、岩手大学の森誠之教授、およびフランスEcole Centrale de Lyon のJean Michel Martin 教授らのグループは、東北大学金属材料研究所に2018 年8 月に導入されたスーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」を活用し、ダイヤモンドライクカーボンの摩耗を誘発する原因となるトライボエミッション現象※2 のメカニズムを世界で初めて明らかにしました。さらに、ダイヤモンドライクカーボンの成分や周囲の環境を制御することで摩耗を減らすことが可能であることを示し、高耐久性ダイヤモンドライクカーボンの設計指針を明らかにしました。これは機械システムの長寿命化に加え、故障・事故の防止に貢献しうる成果です。
この成果は、令和元年11 月15 日にScience Advancesにオンライン公開されました。
また本研究の内容が令和元年12月2日に日経産業新聞に、12月10日に日刊工業新聞に紹介されました。

【詳細な説明】

○研究背景
ダイヤモンドライクカーボンは、ダイヤモンドに類似した特徴を持つ超低摩擦材料です。炭素原子からなるダイヤモンドの持つ高強度と、同じく炭素原子から構成され鉛筆の芯などに使用される黒鉛の持つ超低摩擦特性を併せ持つ材料として、鉄鋼材料などへのコーティング材として活用されています。将来的には宇宙ステーションや航空機エンジンなどの様々な機械システムへの応用が期待されている材料ですが、ダイヤモンドライクカーボンの「摩耗」は材料寿命の低下のみならず、機械の故障、さらには予期せぬ事故を引き起こします。そのため安全・安心社会の実現に向けて、摩耗しにくいダイヤモンドライクカーボンの開発が重要課題です。
摩耗しにくいダイヤモンドライクカーボンの開発には、摩耗現象を解明することが必須ですが、実験的にナノスケール※3 で直接観察することは困難です。
そのため、コンピュータを活用したシミュレーションによって、ダイヤモンドライクカーボンの摩耗メカニズムを理解した上で、「摩耗を減らす」ための設計指針を明らかにすることが求められます。そこで本研究では、2018 年8 月に東北大学金属材料研究所に導入された1 秒間に3000 兆回の高速計算が可能なスーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」を活用し、

  1. 実験的には直接観察することができない、ダイヤモンドライクカーボンのナノスケールでの摩耗現象をシミュレーションにより明らかにすること
  1. 高耐久性ダイヤモンドライクカーボンの設計指針を明らかにすること
    を目的としました。

○成果の内容
金属材料研究所で開発した大規模分子動力学シミュレータ「LASKYO」を活用し、ダイヤモンドライクカーボンの摩耗現象を、スーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」上でシミュレーションしました。その結果、以下のことが明らかとなりました。

  1. ダイヤモンドライクカーボン同士を摩擦した時に、摩擦した表面からメタンやエタン、エチレンなどの様々な気体分子が蒸発するトライボエミッション現象が起こる。この現象は実験的にも確かめられた。
  1. 1 のような気体分子の蒸発が、ダイヤモンドライクカーボンの摩耗を誘発することを世界で初めて明らかにした。
  1. ダイヤモンドライクカーボンの成分や周囲の環境などを制御することで、「摩耗を減らす」ことが可能であることを示し、高耐久性ダイヤモンドライクカーボンの設計指針を明らかにした。

上記成果は、機械システムの長寿命化に加え、故障や事故の防止に貢献します。

○将来の展望と意味
機械システム改善のためには、故障や事故を引きおこす摩耗・破壊・劣化などの現象の原因を詳細に解明する必要があります。しかし、それらの原因を実験などで直接観察して、把握することは難しく、原因解明や改善には膨大なコストや時間がかかるなどの課題がありました。
本成果ではスーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」を活用することで、実験的には直接、観察することが不可能なナノスケールの世界で、どのような摩耗現象が起こっているかを明らかにすることが可能であること、そして材料の摩耗、その後に起こる劣化・破壊などの原因特定に、スーパーコンピュータによるシミュレーションが非常に有益であることを明示しました。
今後、さらにスーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」を活用して、ダイヤモンドライクカーボンへの異種元素の添加効果などを明らかにすることで、さらに耐久性の高いダイヤモンドライクカーボンの設計を実現し、高耐久性ダイヤモンドライクカーボンの実用化につなげていきます。

○共同研究機関および助成
本研究は、文部科学省ポスト「京」萌芽的課題「基礎科学の挑戦-複合・マルチスケール問題を通した極限の探求」、JST CREST、戦略的イノベーション創造プログラム「革新的燃焼技術」、科研費(Grant No. 17K14430, 18H03751)の研究助成を受けて行われました。

○発表論文
雑誌名:Science Advances
英文タイトル:Triboemission of hydrocarbon molecules from diamond-like carbonfriction interface induces atomic-scale wear
全著者:Yang Wang, Naohiro Yamada, Jingxiang Xu, Jing Zhang, Qian Chen, Yusuke Ootani, Yuji Higuchi, Nobuki Ozawa, Maria-Isabel De Barros Bouchet, Jean Michel Martin, Shigeyuki Mori, Koshi Adachi, and Momoji Kubo
DOI: 10.1126/sciadv.aax9301

○専門用語解説(注釈や補足説明など)

※1 スーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」
スーパーコンピュータとは、演算処理装置であるCPU を大量に備えたコンピュータを意味し、これら大量のCPU が並列的に計算処理を行うことで、極めて高速な計算を可能とします。「MASAMUNE-IMR」は、2018 年8 月に東北大学金属材料研究所に新しく導入されたスーパーコンピュータの愛称であり、正式名称である”MAterials science Supercomputing system for Advanced MUlti-scale simulations towards NExt-generation – Institute for Materials Research”の頭文字をとったものです。MASAMUNE-IMR は、合計で11,592 個のCPU と1,484,800 個のGPU(画像処理装置)を有することで、一秒間に3000 兆回の高速計算が可能です。

※2 トライボエミッション現象
「トライボロジー」とは、摩擦、摩耗、潤滑などを対象とする学問であり、機械の設計には欠かせない技術です。一方、「エミッション」は気体分子などが放出されることを意味します。よって、「トライボエミッション」とは、摩擦の接触面で生じる高い圧力と温度によって、「摩擦した接触面から分子などが蒸発・放出される」現象を表します。これまで、このトライボエミッションは一つの単なる現象として認識されてきたが、トライボエミッションがどのように材料の摩耗に関わるのかは全く理解されていませんでした。本研究により、ダイヤモンドライクカーボンを摩擦した時に、メタン、エタン、エチレンなどの気体分子が接触面から蒸発するトライボエミッション現象が、摩耗を誘発する原因であることを世界的に初めて明らかにしました。つまり、トライボエミッションは、機械システムの故障や事故に大きく関わっている現象であることを明らかにしました。

※3 ナノスケール
ナノとは10 億分の1 を意味し、ナノスケールとは10 億分の1 メートルを意味しています。原子の大きさはナノスケールであり、例えば炭素原子1 個の直径は約0.15 ナノメートルです。人間の目で見える最少のスケールは約0.1 ミリメートル(1 ミリメートル=千分の1 メートル)、光学顕微鏡を使って見える限界は約0.2 マイクロメートル(1 マイクロメートル=100 万分の1 メートル)です。近年、最先端の電子顕微鏡を使用することで、静止状態であれば約0.2 ナノメートルの世界を直接観察することが可能となってきましたが、原子の動きをナノスケールで実験的に直接観察することは未だに非常に困難な課題です。

 

本件に関するお問い合わせ先

◆研究内容に関して
東北大学金属材料研究所
久保 百司
TEL:022-215-2050
E-mail:momoji*imr.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東北大学金属材料研究所プレスリリース

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